実在の神・真実の神である『大親神大生命』

空想の神話でもなく観念の産物でもなく、大自然の事実の営みである実在の神・真実の神に私達は目覚める時がきました。

全ての存在に生命(いのち)をお与え下さっている御存在であられる『大親神大生命』(おお おや かみ だいせいめい ) より地球救済の為に、天啓として賜りました「大自然の事実の教え」を、私が理解させて頂いた範囲の知識ではございますが、皆様に紹介させて頂きます。


『大親神大生命』

大自然の大いなる生命のお力とお働きにより全生物は活かされ生きております。

生きとし生けるもの全ての存在は皆 生命活動を行っており、物質も生命の力と働き(生命エネルギー)を凝縮して存在しており(相対性理論|E=MC2)、私達が活かされ生きている素晴らしき世界は生命の営みによって現わされている貴き「生命の世界」なのです。

私達は誰一人、生命(いのち)を創る事は出来ません。自らの力で誕生する事も心臓の動きや呼吸・新陳代謝・五臓六腑の働きなどを行える人は誰もおりません。

私達人間の生存だけでなく大自然のあらゆる存在と現象はただなんとなくそのようになっていたり、偶然が重なって起きているのではなく大自然の大いなる生命の営みと意志・御心が働いて成り立っているのです。

大自然の全ての存在に生命をお与え下さっておられる「生命の大親」の御存在を『大親神大生命』(おお おや かみ だいせいめい)とお呼びさせて頂いております。

『大親神大生命』とは人間が自らの観念でつくり上げた神仏ではなく、実際に存在して下さり森羅万象を営んで下さっていてあらゆる存在に絶対必要不可欠なる大自然の事実の営み・御存在なのです。

私達人類は大自然の大いなる生命の営みであられる『大親神大生命』の御存在や大親の愛が判らず「して頂いている」事を当然の事として気にも留めず生きており、自らの欲求を投影した神仏をつくり自分達で崇め奉り生きているのです。

地球上のあらゆる神仏は人間がつくり出した実体がなく何の力と働きも持たない観念の産物であり、人間はおかしな事に自分達より格上である神仏を自分達でつくり上げ仏像や銅像を造り神社仏閣に恭しく祀り「して下さい」と願いながら生きているのです。

「生命の親感謝」を始めよう

『大親神大生命』生きとし生けるもの全ての「生命の大親」であり唯一絶対の神であられる御存在に人類は目覚める時がきました。 …


地球の神々は人間がつくった物語

地球上の全ての神仏は人間が考え出した空想・観念の産物です。

宗教の神仏・教義は大自然の永遠普遍なる親理・摂理・理法と全く関係がなく、実在せず事実をもって証明出来ない嘘物語なのです。

『大親神大生命』の貴い生命の一理を授けて頂き誕生させて頂いた私達「生命の御子」は罪の子なのでしょうか?

親は自分の子供が言葉を喋れるようになったり、何かを覚えたりすると何にも代えがたい喜びを感じるものです。動物も我が子を自分の生命をかけても守ります。知恵のつくリンゴを食べて賢くなった人類に「罪の子」と言い自宅から追放する親は親としての資格があるのでしょうか?神格があるのでしょうか?

キリスト教は罪を許してもらう為にあるのですから、キリスト教の活動や教えの中に罪がなくなった人を祝福する祭典や実例があっても良いはずですが2千年たった今も罪を許された信者は一人もいません。ローマ法王ですら同じです。病人は病気を治すために病院に行きますが、2千年通い続けても治らない病院に行こうと思う人はいないでしょう。

もしも健康な人に「貴方は大変な病気を患っている」と嘘を信じ込ませて病院に通わせていたらヤブ医者どころか詐欺になります。

「生命の親感謝」を始めよう

もしも宇宙人が地球人の観察報告をしていたら、私たちの姿はどのように見えるのでしょうか? 全ての存在に生命(いのち)をお与…

もしもキリスト教がなければ、大自然の事実・摂理と一切関係のない「罪の子・サタン・悪魔・魔女裁判」など妄想は地球上に存在せず、人類はもっと自分自身の存在に貴さを感じて肯定的に伸び伸びと自分を発展する事が出来たはずです。そして大自然の事実に目覚めていれば、『生命の大親』に対し奉り喜びの「生命の感謝」と共に素晴らしく日々を過ごし地球は素晴らしい星となっているはずです。

人類はいつになったら嘘の錯覚から目を覚ますことが出来るのでしょうか?


実在の神・真実の神

実在の神・真実の神であられる『大親神大生命』は、私達「生命の御子達」が気付こうと気付かざるとに拘らず、好むと好まざるとに拘わらず、何時・何処にでも・誰にでも・何にでも働いている絶対的に揺るがない大きな大きな親の愛をもって私達をお抱え下さり育てて下さっているのです。

しかし意識の成長段階が未熟な私達は『大親神大生命』の御存在が判らず大自然の大いなる生命の営みを当たり前としか感じられず気にも留めておりません。

美しい夕日を私達は美しいと感じられますが、鳥や犬猫は美しいとは感じられません。
美しさは実在しても、その事実を感じられるだけの意識が成長していないと感じられないのです。

私達は夕日の美しさを物理的には感じられますが、夕日という現象を現わして下さっている『大親神大生命』の大きな親の愛・御心が感じられないのです。

もしも私達が『大親神大生命』の大きな親の愛や御心を実感出来ていれば大自然の営みを苦の娑婆と感じたり、ムンクの叫びのように恐怖に感じる事はないでしょう。

「実在の神・真実の神」 であられる『大親神大生命』は今、人類の意識を切り替えて下さる為に地球で大自然の親理・摂理を説いて下さっておられるのです。

今日から『大親神大生命』に対し奉り「生命の感謝」を始めませんか?

偶然・当然・当たり前と感じていた気持ちを、大自然の事実に基づいた気持ちに切り替えてゆけば大きな幸せと感謝の念が沸き上がり日々の生活が変わってゆきます。

実在して事実として「して下さっている」『大親神大生命』の御心に対し奉り「生命の感謝」を始めてみませんか?

気持ちが変われば行いが変わります。
私達が変われば地球が変わります。

『大親神大生命』に対し奉り「生命の感謝」を始めよう。