大自然界の真理・摂理・理法

全ての営みには必ずルールがあります。私達が活かされ生きている大自然界の大いなる生命の営みには普遍的な真理・摂理・理法が働いており、私達が大自然の中で調和と秩序をもって生きてゆく為には生きるルールに目覚める必要があります。


全ての存在に生命(いのち)をお与え下さっている御存在であられる『大親神大生命』(おお おや かみ だいせいめい ) より地球救済の為に頂きました、「大自然の事実の教え」を、私が理解させて頂いた範囲の知識ではございますが、皆様に紹介させて頂きます。


大自然界の摂理・理法・法則

全ての『生命の大親』であられる『大親神大生命』(おお おや かみ だいせいめい)  は、大いなる大自然界を様々な真理・摂理・理法・法則でお創り下さり、その力と働きをもって営んで下さっておられます。

一つの営みには必ずルールや約束事があります。

例えば私達の人間社会を見ても、一つの国を営む為にその国の憲法があります。また皆が安全に運転をする為の「交通ルール」があります。

『大親神大生命』 は全ての生命の御子達を素晴らしく成長させて下さる為に「大自然のルール」である、摂理・理法・法則でこの世界をお創り下さって営んで下さっておられるのです。


気付こうと気付かざるとに拘わらず

『生命の大親』の理(ことわり)であります親理(しんり)とは気付こうと気付かざるとに拘らず、好むと好まざるとに拘わらず、何時・何処にでも・誰にでも・何にでも働いている永遠普遍なる絶対的な力と働きであると教えて頂いております。

親理とは私達の考えや時間や空間を超越して、普遍的に働いている絶対的な力である為に誰もが認めざるを得ない「事実」であります。

人間が考え出した宗教や哲学・イデオロギーなどは大自然の親理(しんり)・理法=事実とは一切関係ない考え方の一つである為に、人間同士ですら通用せず争いの原因となっております。

例えばキリスト教徒のカトリックとプロテスタントの信者は、同じキリスト教の解釈の違いで争い殺し合いますが、「1+1=2」という否定しようのない事実では争いようがありません。

インドとパキスタンは宗教の違いで争い、国が分裂しました。

しかしインド人とパキスタン人は貿易の際に計算のやり方の違いで争い殺し合う事はありませんし、人間が勝手に作った国境など、空を飛ぶ鳥には全く関係ありません。


地球カレンダー

地球の歴史46億年を1年のカレンダーに凝縮するとホモサピエンスが誕生したのが12月31日の20:36で、産業革命が起きた時期は12月31日の23:59(59秒)です。

大晦日のカウントダウンで残り1秒にも満たない中で人間が考え出した考えなどが大自然の親理と比較できるはずがありません。

人間が考え出した宗教やイデオロギーがあろうとなかろうと、地球の創成期も恐竜時代も、全ての生命の御子らは『大親大生命』より生命を頂き活かされ生きてきたのです。

親理とは『生命の大親』の『大親神大生命』が私達生命ある全ての存在をより良く素晴らしくする為に決めて下さった大自然の掟・摂理・法則なのです。

大自然の親理の力と働きの中で活かされ生きている私達人類は、大自然の事実・親理(しんり)に対して目を向け謙虚に学び生き方を変える時期に来ているのではないでしょうか?


『大親神大生命』より親理を教えて頂くまでの私はどこで何をしても不安定で、心が満たされる事はありませんでした。

どのように生きたら良いのかが解からなかったのです。

親理を勉強させて頂き少しずつですが何かが変わりだし、気が付くと自分の「心の雑音」はなくなっていました。

親理(しんり)を学ばせて頂き今になって感じる事は、全てがそのようにあるのが当たり前だと思い感謝などはせず『大親大生命』の親理のお力とお働きにより全て「して頂いてる」という事実が全くわかっていなかったという事です。

 

私は、自分の親が判らない精神的・意識の段階での「乳児」のような存在でした。「乳児」ですから仕方がない事ではありますが、親が判らず、親にして頂いている事も判らず、全てが当然だと思い「して頂いている事」に 対して、不足不満を言っている傲慢な赤ちゃんのような存在だったのです。

今でも私は赤ちゃんで成長途中ではありますが、「生命(いのち)の感謝」を『大親神大生命』に対し奉り行わせて頂き、素晴らしい成長をさせて頂きたいと思っております。

これが今の私の実感です。

『大親神大生命』の大いなる生命の愛に包まれ活かさ生きる「生命の感謝」を始めませんか?

『大親神大生命』に対し奉り「生命の感謝」を始めよう!